スズキ・メソードのOB・OG会です。「心のふるさとキラキラ星」を共有する皆様と
 「一生楽しめるスズキ・メソード」をめざします。

印刷用表示 |テキストサイズ 小 |中 |大 |



【訃報】鈴木裕子 前才能教育研究会会長 逝去のお知らせ


 公益社団法人 才能教育研究会 前会長の鈴木裕子先生が、8月13日(金)、永眠いたしました(享年80歳)。
 ここに、生前親しくしていただきましたOB・OG会の木村眞一会長と紿田俊哉副会長より、思いのメッセージを書き記させていただきます。


鈴木裕子先生を偲ぶ
 
 先生は本会発足時から理事として本会の意義をご理解いただき,多大なる貢献をいただきました。私ども昭和20年代の才能教育入会者にとって、先生は正に憧れのスターでありました。本会の発足にあたり、そのようなスターが発足メンバーに加わり。役員もお引き受けいただけたことは会員一同大いに感激し、勇気付けられました。

 私と先生との関わりは,先生が才能教育研究会の会長をされていたとき、私が理事及び業務執行理事としてお手伝いをさせていただいたことです。先生はその明るい笑顔と包容力でに会務を実行されていました。その一場面,一場面が今ではかけがえのない想い出として残っております。

 鈴木裕子先生、心からご冥福をお祈りいたします。安らかにお休みください。そして天国から可愛い子どもたち、およびOB・OGをお守りください。

スズキ・メソードOB・OG会会長
木村 眞一

鈴木裕子さんの思い出

 鈴木裕子さんは、70年近く前、私が当時小学生の頃からの4つ年上のお姉様で、鈴木鎮一先生の松本のお宅でよく合奏して遊んだり、食事を楽しんだり、庭でバトミントンなどをして遊んだ記憶があります。また、当時、夏期学校の時の宿泊が浅間温宿で、浅間温泉でも一緒に遊んだ楽しい思い出もたくさんあります。いつも優しい素敵なお姉様でした。

 鈴木鎮一先生とは、叔父、姪のご関係。鎮一先生の妹さんで、裕子さんの母上の鈴木静子先生は、スズキのピアノ科を受け持っておられ、私は6年生の時、夏期学校の夜のコンサートで、ヴィターリの「シャコンヌ」を伴奏していただいた思い出もあります。お母様もとてもとても優しい、素晴らしい方でした。

 数年前の夏期学校に、スズキ・メソード OB・OG会も参加し、おチビちゃんたち、指導者の皆さんと一緒に、我が体に染み付いたスズキの教本のたくさんの曲の合奏を楽しみましたが、その後、裕子さんを交え、たくさんの仲間たちと松本市内の居酒屋で飲み会をして、大いに盛り上がったことも懐かしく思い出されます。

 裕子さんのご長女はピアノ科の指導者の石川咲子さん。咲子さんのことは、私にとっては大事な娘のようなもの。と言うのは、私自身、裕子さんとの70年にわたる長年のお付き合いに加え、今は亡き裕子さんのご主人で、咲子さんのお父様の石川さんは、私と同じ総合商社の住友商事勤務で、石川さんがイラクのバクダッド所長をされていた時代、私も長期出張で約2年間バクダットに出向き、チグリス川の水をバクダット市内に供給するための大工事用に、総額750億円もの、なんと直径が2mにも及ぶ、ダクタイルパイプsupply に従事していました。加えて、バクダットで、中国製のヴァイオリンを1万円強で手に入れることができ、東大オケ出身の名Viola 奏者でもあった石川さんと良く遊んだ思い出もあるためです。

 改めて裕子さんのご冥福をお祈りするとともに、ご主人の石川さんとの天国での再会や、お二人を交えて、他の天国仲間とのカルテットなど大いに楽しまれることを祈っています。

 合掌

スズキ・メソードOB・OG会
副会長  紿田 俊哉